皆様こんにちは、ビジャストの西野です。
前回、「夢は願っても叶うことなどほとんどない」という内容をお伝えしました。
「じゃあ何かを目指した生き方は無意味なんですか」って極端な質問をいただきましたので、
もう少しくだいてお話ししてみます。
「願って」実現することは生きていく上ではほとんどありません。
幻想です。願いの強さは実現の度合とは全く関係ありません。
では何が実現を左右するのか?
願いではなく「行動」です。
人はいろいろな想い(これを夢といっても、目標といってもかまいませんが)
を持って生きています。こうしたい、こうありたい、これを手にしたい、実現したい・・・。
想いが大きければ大きいほど、多ければ多いほど、行動の量もバランスが取れていなければなりません。でも残念ながらほとんどの人が「想い」だけがとっても大きくて、「行動」はさしたることはないのです。
「想い」と「行動」のバランスの悪さを指摘するとそういう方のほとんどが非常に不快そうな反応をします。「だって仕方ないんです、今はこれこれで・・・
でもいつかは・・」
機会が来れば、環境が変われば、認めてさえもらえれば、いい相手がいれば、
あの会社に入れれば、ればればあ・・・れば?
よく質問するんです、そんな「れば星人」に。
はい、ではあなたの言う夢のために昨日何をしましたか?
おとといは、その前の日は、今日は・・・?
笑っちゃうような答えしか返ってきません、大概が。
それでも言い切れるからすごい、「夢」などと。
で、又語り始めるんです、いかに自分がその夢の実現に強い「想い」を持っているかを・・・知らんがな、なら動けばいいじゃない。
願いの強さが実現度合だなんて単なるオカルトでしょそれは。
本来は願いの強さは行動に出るんです、イコールで。
勘違いしている人が大変多くいらっしゃいます。
願えば、強く願えば願うほど実現に近づくって・・・
願うからこそ「動く」んです、だから近づくんです本質は。
ですから正確には「願い」が事を成就させるのではなく、「願い」に突き動かされた行動の積み重ねが成就させるんです。
人と違う何かを手にしたかったら、一日一ミリでも前に進むしかない、
「具体」を積み上げるしかない、たとえちり紙一枚でも毎日積んだら1年でどれだけの高さになるか・・・でもほとんどの人は「いざとなったらまとめて積めばいい、そのくらいのパワーはあるもんね。」って勘違いして時間を過ごします。一日1枚積めん人はまとめて積むパワーなんぞありません。
行動は「欲求」が源泉です。本当に想いが本当ならやらずには、動かずにはいられないんです。
さあ、あなたの「夢」はなんですか?これでも堂々をいい切れますか?
どんな「夢」を語ってますか?語る勇気はありますか?
まさかあなたは語るだけの「オカルト信仰」者などでは、ないですよね・・・